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今年のノーベル化学賞に輝いた「準結晶」。従来の結晶学の常識を覆した「ありえない存在」の証明を支えたのは、透過電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope; TEM)が映し出す「星」たちの光でした。
世界の根源は、規律正しい優等生
この世のあらゆる物質は、「原子」という小さな粒が集まってできています。
原子たちの間にはいくつかのルールがあり、それにしたがってモノの形や性質が決まります。
特に固体の場合、彼らにとって最も居心地の良い並び方のルールが存在し、互いに手を取り合って並ぶことでその形をつくろうとします。
そう、原子は規律を重んじる優等生なのです。
結晶性と呼ばれる原子たちの規則は、たとえば水晶の結晶のように、自然にできたと思えないきれいな幾何学構造をつくり出します。
その形に魅せられた学者たちは、「なぜ?」を追い求め、実際に原子たちが並んだ様を捉えることを夢見ました。
そうしてつくられた装置のひとつが、電子の力を使った顕微鏡、TEMです。
規則正しく並んだ原子がある法則に従って電子を散らすことを利用し、その物質の中で原子がどんなふうに並んでいるかを教えてくれます。
私たちは、TEMの持つ2つの力、100万倍にも拡大できる超高性能な「虫眼鏡の力」と、原子たちの規則を図形として映し出す「プラネタリウムの力」を駆使して、原子の世界をのぞくことが可能になりました。
特に、後者にはたくさんの構造情報が詰め込まれ 、熟練のTEM使いが一目見れば、それだけでおよその構造が想像できてしまうほど。
この力で映し出される図形は、まるで真っ暗な実験室の中に浮かぶ「星」のようです。
後にノーベル賞となる大発見も、TEMに映し出された不思議な「星」座が始まりでした。
「ありえない形」がそこにある
1982年、Shechetman博士(本年のノーベル化学賞受賞者)は「正十角形状」に「星」が配置された不思議な図形を見つけました。
……不思議?なぜこれが「不思議」なのでしょうか?
じつは十角形というところに秘密があり、この結果は物質が五角形の要素を含んでいるということを暗示しています。
原子たちのルールの中には、空間をきっちり埋められるように、「規則正しくかつ周期的に並ばなければならない」というものがあります。
三角形や四角形、六角形などはこの条件を満足できますが、五角形ではうまくいかないのです(正五角形を隙間なく並べられるか試してみてください)。
もう少し難しい言葉で表現すると、どのくらい(360°/n)回転させると元の形にぴったり一致するかを基にして、結晶学ではこれらの結晶性を「n回対称」 と呼びます。
つまり、結晶学的には5回対称を持つ物質は存在しないと考えられていたので、博士の発見した10回対称の「星」座は、本来「あってはならない存在」ということになります。
そのため、発見当初は理解されず、「何もわかっていない」とさえ言われてしまいました。
しかし、そんなあってはならない存在は、確かにTEMの「星」座の中で光輝いていました。その光を信じ、あきらめなかった博士たちの信念は、これまでの常識を打ち破り「準結晶」という新しい科学を生み出したのです。
「星」に願いを…
TEMに映し出された「星」たちは、物質の形を司る最も根本的な要素を教えてくれます。
見たこともない形が出てきたのなら、それは新しい構造や新物質が顔を出しているのかもしれません。
今回のノーベル賞のように、もしかしたらこの発見が次なる科学を切り拓く第1歩になる、そう思うとなんだかわくわくしませんか?
そんなの出会いを「星」たちに祈りながら、今日も僕はTEM室の扉を開きました。
(文・児玉 智志)
<参考文献>
1) 堀内 繁雄 著.高分解能電子顕微鏡―原理と利用法―.共立出版(1988)
2) 堀内 繁雄 他 共著.電子顕微鏡Q & A―先端材料解析のための手引き―.アグネ承風社(1996)
3) D. Shechtman et al, Phys Rev.Lett. 53, 1951 (1984).