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フグ料理がおいしい季節になりました。
フグが猛毒を持つことは有名ですが、実はまだまだ謎に包まれた存在であることをご存知でしょうか。今回は、有機化学の世界から自然界の謎を解明する挑戦のお話です。
謎の多い毒、フグ毒
フグ毒の正体はテトロドトキシンと呼ばれる化合物。人間での致死量はわずか2mgという猛毒です。
テトロドトキシンは1909年、日本人・田原良純博士の手によって初めて単離されました。フグ科の学名Tetraodontidaeにちなんでその名が付けられたといいます。以来、古くからフグを食する文化を持っていた日本がテトロドトキシンに関する研究をリードしてきました。
ところが意外なことに、発見から100年以上たった今でも不明な点が多いのです。例えば、なぜフグ自身はテトロドトキシンで死なないのでしょうか。また、なぜ卵巣や肝臓など一部の臓器にしか毒が含まれないのでしょうか。これらの疑問は、未だ完全には解決されていません。
体の中でテトロドトキシンを追いかける
2003年、フグ毒研究の未来を拓くできごとが起こりました。それが、テトロドトキシンの全合成の成功です。成し遂げたのは名古屋大学の西川俊夫教授。これによって分子の一部に印をつけたテトロドトキシンをつくり、フグの体内でどのように動くのかを観察できるようになれば、フグがどうやって一部の臓器に毒をためているのかなど、フグ毒に関するさまざまな謎が明らかになるかもしれません。
これまでテトロドトキシンは最も全合成が難しい化合物のひとつといわれ、成功した例は1972年、名古屋大学(当時)の岸義人によるものだけでした。西川教授は実に30年ぶりの成功だったのです。
毒だから役に立つ?
テトロドトキシンは神経細胞上のナトリウムチャネルと呼ばれるタンパク質に結合し、その働きを阻害することで、正常な神経伝達を妨げます。しかもナトリウムチャネルのみを特異的に阻害し、他のイオンチャネルには影響を与えないという性質を持っているため、他のイオンチャネルの役割を調べたり、ナトリウムチャネルを単離・精製したりするために利用されています。西川教授がテトロドトキシンの全合成に挑戦し始めたきっかけも、始めはナトリウムチャネル研究に用いるためだったそうです。
全合成の成功は、フグ毒という自然の謎の解明だけでなく、ナトリウムチャネルを用いた研究の発展にも大きく貢献することでしょう。これからの研究に期待したいです。(文・松尾 明香)
<参考文献>
1) 塩見一雄,・長嶋裕二 共著,海洋動物の毒 -フグからイソギンチャクまで- (改訂増補版), 成山堂書店 (2000)
2) 安元 健・神谷久男 編, 海産有用生理活性物質, 恒星社厚生閣 (1987)
3) Urabe D., Nishikawa T., Isobe M., An efficient total synthesis of optically active tetrodotoxin from levoglucosenone, Chem Asian J., 1(1-2):125-35 (2006)
4) 独立行政法人 科学技術振興機構 さきがけ 研究成果 研究最前線「フグ毒『テトロドトキシン』を合成」 http://www.jst.go.jp/kisoken/seika/zensen/07nishikawa/index.html
5) 西川俊夫, これからの天然物化学4「フグ毒テトロドトキシンの全合成 古くて新しい天然物合成の魅力と重要性」, 化学と工業, 57, 49-52 (2009)