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「空腹は最高のスパイス」という言葉がある通り、お腹がすいているときに食べるご飯の一口目というのは格別においしいですよね。最初の一口を食べると、また一口と食べたくなってしまいます。このような日常生活のよくある場面で、カンナビノイドという物質が私たちの舌で「味の感じ方」を変えているということがわかってきました。
毒にも薬にもなるカンナビノイド
カンナビノイドは、摂取すると時間感覚・空間感覚の混乱、多幸感、痛覚の低下、幻覚などの症状を引き起こす化学物質であると言われており、大麻の主成分でもあります。しかし、近年このカンナビノイドが哺乳類の体内でも作られ、身体の様々な部位で働いていることがわかってきました。たとえば、ストレスを感じたときに脳で分泌され、ストレスを抑制しているという研究も報告されています。他にも、医療分野において、痛みを和らげる鎮痛剤として一部の国で使用されています。このカンナビノイドが、空腹時の私たちの舌で重要な働きをしていることがわかったのです。
必要?不要?の判別感覚、味覚
私たちが普段感じている味には、主に「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」「うま味」の5種類があります。哺乳類は、これらのそれぞれの味に意味をつけて認識をしています。たとえば、「甘味」は、身体にとって必須であるエネルギー源である糖の味として認識しています。「苦味」は身体に有害な毒物、「酸味」は腐敗物、「塩味」は塩分、「うま味」はアミノ酸(諸説あり)といったように、私たち哺乳類は5つの味を感知することによって身体とって必要なものとそうでないものを分類し、摂取しているのです。
お腹がすいているとき、私たちが最も摂取したいと思っている味はなんでしょう?もちろん、生きるために必ずなくてはならないエネルギーとして認識する「甘味」です。空腹時、私たちの身体はとにかくエネルギーを求めているので、大量の甘味を取り入れようとします。じつはこのときに、カンナビノイドが働いているのです。
「おいしい」を「すごくおいしい」に変える
甘味を受容する甘味受容体のひとつT1R3は、舌の味を感知する味細胞に局在しており、甘味物質をキャッチしています。そして、さまざまな伝達物質を経て神経に電気信号として情報が伝わり、脳が「甘い」という認識をします。味細胞には、カンナビノイドの受容体も局在していて、「甘い」と感じるのと同時に体内で作られたカンナビノイドを受容し、神経に伝わる電気信号をさらに増幅させ、普段の「甘い」が「すごく甘い」に変わり、脳に伝えられていたのです。空腹時にご飯をおいしく感じさせていたスパイスは、カンナビノイドだったのですね。こうして、よりおいしく感じた私たちは、このおいしさをさらに求めてもう一口、二口と食べてエネルギーを摂取し、満腹に近づくにつれて体内でカンナビノイドは分泌されなくなり、最初の「すごく甘い」を通常の「甘い」と感じるようになります。カンナビノイドは、空腹のときに働き、満腹に近づくと働かなくなることで、私たちのご飯を食べる量を調節してくれているのですね。
エネルギー摂取の調節は、主に脳の視床下部というところで行われています。実際に摂食を制御するために体内で分泌される化学物質は、これまでにいくつか発見されています。舌で働くカンナビノイドは、味の感じ方を変えることで、エネルギーの摂取量を制御する役割を担っているのです。
カンナビノイドのように、私たち生物の身体の中では生きるためにさまざまな物質が働いています。このような生体内システムは、私たちの意思とは関係なく、「生物の命を途絶えさせない」という壮大なミッションの下で、何十億年という年月を経て形成されてきました。私たちの身体の中にはまだまだこのようなシステムが多く存在し、私たちが意識していない現在でもその機構は働き続けていることでしょう。(文・田島 和歌子)
<参考文献>
1) Yoshida. R et al., Endocannabinoids selectively enhance sweet taste. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (2010)
2) Masafumi. J et al., “Modulation of sweet taste sensitivity by orexigenic and anorexigenic factors” Endocr J Vol. 57: 467-475 (2010)
3) A. Longstaff.NEUROSCIENCE神経科学キーノート.シュプリンガーフェアラーク東京(2003)
4) Keiso. W, Endogenous Cannabinoid Receptors―Anandamide and 2-Arachidonoylglycerol. YAKUGAKU ZASSHI 126(2) 67-81(2006)