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丑の刻、深夜2時。「そろそろゴールデンタイムだね」。実験室で透過電子顕微鏡(Transmission Electron microscope; TEM)を覗きながら、私は後輩に話しかけました。今日はみなさんに、お化けではなく「原子」を見せてくれるTEMについてお話ししましょう。
より小さな世界を追い求めて
みなさんは「顕微鏡」を使ったことがありますか?きっと小中学校の理科室で、光学顕微鏡を使って田んぼの中にいるミジンコやミカヅキモを見たことがあると思います。 17世紀に発明された、小さなものを数百倍に拡大して見られるこの顕微鏡は、医学、生物学、鉱物学など、さまざまな分野で活躍し、科学の進歩に貢献してきました。
しかし、いまや「ナノテクノロジー」の時代になり、見たい対象は原子数十から数百個の極めて小さな世界へと移りました。残念ながら、光を使った従来の顕微鏡ではその世界を覗くことができません。「目には見えないところで何が起こっているのか」を可視化するために、光に替わり、「電子」を使った顕微鏡が誕生したのです。
どこまで小さなものが見られるかは、使用する信号がどれだけ細かいかで決まります。たとえば、可視光は数百nm(1nmは10億分の1 m)の波長で振動していて、この細かさが光学顕微鏡で見える限界に対応します。おおよそ細菌が見えるくらいの分解能です。しかし、原子を見るためにはまだまだ波長が大きいため、より小さな波長を持ち、かつ利便性に優れた信号として「電子」に白羽の矢が立ったのです。動いている電子に電圧が加わると、動く速度が変化し、それに伴って波長も変わります。たとえば、100 kV(キロボルト。1kVは1000 V)の電圧を加えてみると、電子の波長は約4 pm(ピコメートル。1pmは1兆分の1 m)まで小さくなります。これは、可視光の10万分の1しかありません。この細かさが原子分解能のカギになります。
TEMで原子にこんにちは
電子顕微鏡には、試料の表面から返ってきた電子を見るタイプと、試料を透過してきた電子を見るタイプの、大きく分けて2種類あります。このうち、後者の透過電子を見るタイプがTEMであり、その観察風景は、ものに電子のライトを照らして下に出てくる影絵を見ている、そんな印象です。そしてその影絵の中には、試料内での電子の回折(参考:光のパターンが情報を担う――ホログラフィックメモリー)による模様が現れ、その1つとして「原子の玉」を見ることができます 。
高校化学で習う原子という存在。空想の中の存在だったその玉を実際に観察してみると、そこには不思議な世界が広がっていました。金の試料を観察したとき、TEMに映し出されていたのは、カクカクとした微粒子の幾何学的な形状、そしてその上には、規則正しく整列した原子たち。とても自然にできたとは思えない整然とした幾何学模様がそこにはありました。そう、原子はとてもお利口さんなのです!しかも、これを解析してみると、これまでに授業で習ってきたような並びでモデル図を描くことができました。「TEMってすごいな」。想像・理論が目の前の現実になったこの瞬間、もっとこの世界を見てみたいと思いました。
しかし、そんな原子たちに出会うためには、実験環境に相当気を配ってあげなければいけません。なぜかというと「原子が見える」ということは、原子レベルの僅かな振動でさえも拾ってしまうからです。そのため、TEMで勝負の1枚を取りに行くときは、近くを人が歩く振動はもちろん、話声すら許されません。辺りが静まりかえる真夜中に、私たちの闘いは始まります。
ナノテクノロジーを超えて原子テクノロジーへ
ものはどこまで小さくできるでしょうか。たとえば、道端に転がっている石。もしそれを無限に砕くことができたとしたら、どうなるでしょう?ものの微細化の限界は、原子の大きさです。ナノテクノロジーの発展に伴い、ものはどんどん微細化されています。この技術はTEMをはじめとする顕微鏡技術によって支えられ、最先端の研究では、原子数個や分子1個からつくられる素子が研究されています。つまり、私たちはものの微細化限界の一歩手前まで、もうやって来ているのです。
真に原子サイズの素子の特性を調べるため、他の顕微鏡技術や測定系を取り込んだ新しいTEMが開発されています。この装置を用いて、たとえば原子を1つずつ1列に並べた「原子ワイヤー」のような、極限に小さな素子が実際につくられ、それを直接観察しながら性質を調べることが可能になりました。「見る装置」から「実験する装置」へと進化したTEMのスクリーンには――まもなくナノテクノロジーを超える「原子テクノロジー」の時代がやってくる――そんな未来が映し出されています。(文・児玉 智志)
<参考文献>
1) 『透過電子顕微鏡(TEM)技術』を利用した半導体や生物試料などの微細構造解析
http://www.mlsrc.saitama-u.ac.jp/kikanshi/mals2/pdf/11-14aoki1.pdf
2) 小宮 政晴 他 共著.原子・分子で理解する固体表面現象.培風館(1996)
3) 堀内 繁雄 著.高分解能電子顕微鏡―原理と利用法―.共立出版(1988)
4) 堀内 繁雄 他 共著.電子顕微鏡Q & A―先端材料解析のための手引き―.アグネ承風社(1996)
5) T. Kizuka, Phys. Rev. B 77, 155401 (2008)