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みなさんは、臓器移植や再生医療という言葉を新聞やニュースで聞いたことがあるだろう。近年注目を集めている分野である。
では、そこに血液の話が密接に関係してくるのは知っているだろうか。
実は、骨髄移植後の合併症として起こる血小板減少症の治療や、再生医療の核となるあのES細胞を自由自在に使いこなすには、『造血因子』の存在なしには語れない。
では造血因子っていったいなんだろう。今回は、長年造血学領域を研究してきた、早稲田大学教育学部理学科生物学専修の加藤尚志教授に話を聞いた。
血液ってどこからやってくるの?
血液中には赤血球、白血球、血小板の三種類の血球が存在する。
これらの血球はどこで、どのようにして造られるのだろうか。実はこのしくみ、同じ工場の中でひとつの材料が異なる製造ラインを経て、製品が市場に出荷されるのとよく似ている。
哺乳類の場合、血球の生産場所は主に骨髄(骨の内部)である。骨髄には、血液以外に1000分の1の割合でごく微量に、造血幹細胞と呼ばれる『全ての源』が存在する。ここで、幹細胞と聞いてなにか気づかないだろうか。そう、再生医療でおなじみのES細胞のことである。
この幹細胞というものは、あらゆる細胞になれるという性質を持ち、すべてのスタート地点に位置する「受精卵」のようなものだ。その中でも造血幹細胞は血球になれる幹細胞を指す。つまり私たちが知っている血球は、この幹細胞が形を変えながら増えていき、骨髄から血液中へ移動したあとの最終的な姿なのである。
製造ラインの司令塔はだれ?
だが、いったいどうやって三種類の血球を造り分けているのだろうか。
ここで登場するのが今回のキーワード、造血因子である。たとえば赤血球はある時期になると、次の命令がないかぎり、幹細胞から赤血球になることはできないように出来ている。その命令を下しているのが、エリスロポエチン(Erythropoietin:EPO)と呼ばれる司令塔なのである。
EPOの指示があるから、赤血球は赤血球になれる。同じように、白血球が白血球になるためには、G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)の命令が必要だし、血小板の場合はトロンボポエチン(Thrombopoietin:TPO)となる。
トロンボポエチンは更に造血幹細胞自体にも作用し、造血システムそのものをコントロールするという研究結果が出ている。
これは例えばES細胞から臓器を造るときに、ES細胞にどのような命令を下せば良いかを知るための、大変興味深い対象となる。
加藤教授とトロンボポエチンの二人三脚
そのトロンボポエチンを発見したのが、加藤さんである。長年、企業で未知の存在であったトロンボポエチンに着手し、10年以上も悪戦苦闘を続けてきた。そして90年代に入り、ついにその発見に至ったのである。これは、血液学の歴史に名を残すほどの大発見となった。その後加藤さんは、早稲田大学に移るまでの約10年間、基礎的な研究から医薬に直結するような臨床研究まで、隅々までトロンボポエチンに携わってきたのである。
発見研究のすばらしさを学生と共に
2003年に、加藤教授は研究の場を企業から大学へと移した。そう決意させたのは、トロンボポエチンの発見で味わった「発見研究-Discovery Research」の醍醐味を、次の世代に伝えたいという思いであった。
「発見するというのは、誰にでも与えられるチャンスである。わたしは、先端技術を技術として伝えたいのではなくて、それを使って発見研究出来る人材を育てたい」。
そのためにはまず、未踏の荒野を探さなければならない。ヒトやマウスの研究は歴史が長く、それだけデータベースも研究成果も多く出ている。だが、両生類の造血に関しては、ほとんど研究がなされていない状態だ。加藤教授はそこに目をつけた。
学生たちとゼロからのスタートを切るには、最適な研究対象であると確信したのである。
両生類の造血系はおもしろい
両生類に目をつけた理由はほかにもある。ヒトなどの哺乳類の造血系はすべて骨髄のなかで行われる。
つまり、血球が造られる場所も、造血因子が産出される場所も同じなのである。しかし両生類は違う。特にカエルの場合は、赤血球とEPOは同じ肝臓のなかで作られるし、血小板とTPOは脾臓だ。これを“臓器分業”していると言う。
つまり、哺乳類ではすべての作業を同じ工場で行っていたものが、カエルでは三つの工場に別々に分けて生産している状態なのだ。
一つの工場に一つの製造ラインしかないとすれば、そこの司令塔の命令は明確になってくる。ヒトでは分かりにくかった造血因子が働いている環境の条件を、カエルで決定することが出来るのである。
もう一つ、『個体発生は系統発生を繰り返す』という有名な言葉があるのを知っているだろうか。
これを造血因子に当てはめても同じことが言える。魚類や両生類から哺乳類まで辿れば、赤ちゃんが大人に成長するまでにどのような造血システムが構築されているのか解明出来ると考えられる。
つまり両生類は、まったく新しい視点で造血学を再構築することが出来る、その可能性を持ったダイヤモンドの原石でもあるのだ。
得意分野は伸ばさなきゃ!
驚くかもしれないが、血液学領域の発展に多くの日本人が寄与している。
「血液学の領域は日本が得意とするところだし、これからもそうあり続けてほしい」と加藤先生は言う。
前例のない両生類を使った造血の研究は、これから先も困難な道のりが予想される。
だが、カエルの持つディスカバリーの可能性と、加藤教授の意思を受け継ぐ学生たちのパワーは、心強い推進力となるであろう。
早稲田大学というステージで、日本の研究者たちが世界を常にリードしてきた血液学の分野のこれからを切り開いていく。
これほど強力なバックアップを持ち、かつ野心みなぎる発見研究ができる場所は、そう多くはないはずだ。
ヒトで研究されてきた造血学領域を振り返れば、一見回り道のように思えてくるこの研究も、実は近道となるのかもしれない。