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植物を手にドアを開けると,そこには植物の お医者さん。植物の専門家に相談できて,適切 な診断や治療を受けられる場所,それが植物病 院だ。毎年8億人分の食料が,植物の病気によっ て失われている。食料問題解決のためにも,栽 培や育種も含めた広い知識や技術を身につけた 植物医師が,今後必要となる。

世の中で困っている人がいれば助けたい。そし て,社会に貢献したい。高校生の頃は,病に苦し む人を助ける医者にばく然とあこがれていた。大 学に入学し,進路を考えていたときに出会った のが,植物病理学の講義。人の病気ではなく,植 物の病気について興味を持つきっかけが,そこに あった。
「植物も,人と同じようにガンにかかります」。 植物の場合,こぶのような腫瘍が根や茎にできる。 有名なのは「根頭がん腫病」。アグロバクテリウ ムと呼ばれる細菌が引き起こす。この細菌は植物 に腫瘍を形成させる植物ホルモンや自らの栄養分 となるアミノ酸をつくる遺伝子を持っている。植 物に感染すると,その遺伝子を植物細胞の染色体 DNAの中に挿入してしまう。このため,感染し た植物には腫瘍ができ,植物は細菌のために栄養 をつくり続け,生育不良となる。 「自然界で細菌が遺伝子操作を行い,植物が病 気になる。この話を講義で聞き,衝撃を受け,植 物が病気になるしくみをもっと知りたいと思った のです」。心の底からわく「おもしろい!」「すご い!」という気持ちのおもむくままに道を選んだ 結果,花や野菜,イネに病気を起こすウイルスや, 「ファイトプラズマ」と呼ばれる細菌の一種の研 究を始めた。

「私たちの生活は,植物に支えられています」。 地球温暖化の原因,二酸化炭素を吸収し酸素を放 出してくれるだけでなく,ガーデニングなどで庭 に植えられる園芸植物,部屋の中の観葉植物,趣 味の家庭菜園など,植物は私たちの心を癒してく れる。研究を始めると普段は見過ごしていた,植 物の多様な役割が見えてきたという。 また,普段食べている主食となるお米やパンを はじめ,食べ物の多くは植物だ。当たり前のよう に目の前にあるこれらの食べ物が,突然なくなる 可能性がある。「日本の食料自給率は40%を下回 り,先進国の中でも最低で,輸入に頼っています」。 日本の食料自給率を上げることは今後必要不可欠 だ。現在,カビや細菌,ウイルスなどにより毎年 8億人分以上の食糧が失われている。これからも, 世界の人口は増えていく。世界中で食料がさらに 必要になるのだ。

病気以外に,虫害・雑草害・栄養不足や大気汚 染などによる生理障害なども含めると,地球上 で生産される食料のおよそ3割が失われている。 多くの人が心も体も健康な生活を送るためには, これら失われている食料を回復させる必要があ る。「それができるのは,植物の病気については もちろん,害虫や雑草のほか栽培法も含めた広い 知識や技術を身につけた植物医師です」。植物の 病気を診断し,適正な予防や治療を行なうだけで なく,正しい栽培法,適切な量の農薬や肥料の正 しい使い方についての知識を社会に伝えていくこ とも,植物医師の大きな仕事のひとつ。今後,日 本の食料問題を考えれば欠かせない職業になるは ずだ。 「2008年の春から法政大学では,植物医師を 目指す人に向けて,我が国初で唯一の植物医科 学を専門に学ぶコースをつくる計画で,学生募 集を開始します。今後,そこには病院も設置す る予定です」。植物の病気の研究を行なっていた 大学時代から思い描いていた社会貢献の夢,植 物医師と植物病院の全国展開の構想がいま,実 現に向けて進みはじめた。 植物が好き,日本の食を支えたい,どんなきっ かけや興味でも,やってみたいという志があれ ば,ぜひ植物医科学を学び植物医師を目指して ほしい。文系・理系は問わず,生命科学に関連 したあらゆる職業にもつながるという。「今より も一歩も二歩も先をゆく全く新しい世界,植物 医師が活躍する未来を見てほしい」。 (文・日野愛子)